No.047 Last Up Date 2001,6,10

divid.jpg (9601 バイト)
中国陶磁の至宝
英国デイヴィッド
・コレクション
大阪市立東洋陶磁美術館
会期 1998,12,12-1999,2,21
休館 月曜日
料金

 



guide
 

中国陶磁の至宝
英国デイヴィッド・コレクション

ごあいさつ英国のディヴィッド・コレクションは、サー・パーシヴァル・ディヴィッド(1892−1964)が半生をかけて築き上げた世界でも類まれな中国陶磁のコレクションです。サー・パーシヴァルは、中国陶磁の研究者としても知られ、その深い知識と卓越した鑑識眼によって選び抜かれた名品は1400点にも及びます。
作品の収集に当たって、サー・パーシヴァルは、西洋人の趣味ではなく、周到な文献研究によって得た中国の古典の知識や鑑定家の視点を尊重し、中国の趣味、なかでも18世紀の宮廷における趣味を反映させました。その結果、宮廷用の窯である官窯の精品を中心に、宋、元、明、清各時代の最高とされる作品からなる格調高い『宮廷コレクション』が形成されました。中国陶磁の最高とされる『皇帝の磁器』の所有に関する限り、北京や台北の故宮博物院を除けば、世界のいかなるコレクションもディヴィッド・コレクションには及びません。また紀年銘を有する収蔵品が多く、中国陶磁史の年代を考える上での重要な資料の宝庫となっていることも大きな特徴です。
1950年、サー・パーシヴァルは、この膨大なコレクションを中国美術のさらなる研究と教育に役立たせるため、ロンドン大学に寄贈し、パーシヴァル・ディヴィッド財団が設立されました。中国の壮大な歴史と伝統に育まれた美意識を体現するこの屈指のコレクションは、英国人のみならず西洋人の東洋理解に計り知れない大きな役割を果たしてきました。
本展は、日本と英国の友好を記念して、『英国祭98』が開催されるのを機に、ディヴィッド財団の格別のご好意と協力を得て、実現の運びとなりました。『ディヴィッド瓶』の名で知られ、コレクションを代表する元時代の青花雲龍文双耳瓶をはじめ、神品というべき汝窯の青磁三足香炉、釣窯の澱青釉紅斑瓶など約80件を厳選して、英国の誇るディヴィッド・コレクションの精髄を紹介いたします。」(同展図録より)

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作品
 

出品作品

青磁三足香炉
澱青釉紅斑瓶
青花雲龍文双耳瓶
青磁刻花牡丹唐草文盆
白磁暗花蓮花文梅瓶
青花花鳥文扁壷
豆彩雲龍文壷
黄地緑彩雲龍文広口壷
白磁貼花龍文瓶 器台
桃花紅釉瓶
淡青釉団花文瓶

ほか

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図録
 
サー・パーシヴァル・ディヴィッドのこと
レイディ・ディヴッドサー・パーシヴァル中国美術の芸術性を探求するとともに、それに関する著述、典籍の研究にも取り組むようになりました。美術と考古学の百科事典ともいうべき『格古要論』の出会いがそのはじまりでした。彼はその本を読んで、西洋の研究者も中国式の鑑賞法を取り入れるべきだと考え、英訳を決意したのです。
サー・パーシヴァルは1936年、「汝窯論」を英国の東洋陶磁学会に発表しましたが、14世紀の基本資料とも言える『格古要論』に出会ったのは、その研究中でした。この著者の論考がちょうどサー・パーシヴァルと一致していたため、彼はこの意義深い本が若い研究者にも多いに役立つだろうと思いました。
この本は1459年に初版されたと長い間信じられてきましたが、彼は高名な中国学者に意見を聞き、1388年に出版された最初の3章をもとに、1459年に増補されて13章になったという説を導き出しました。
中国学者たちは、初版本は今は失われてしまい、入手は不可能だと言いました。しかし、何と幸運だったのでしょう。1942年、上海で抑留されていた間にこの非常に貴重な初版本を発見し、手に入れることが出来たのです。
サー・パーシヴァルは1388年版と1459年の版の両方訳しました。
そして主題をより明確にするために訳題を『中国人の古美術鑑定法(Chinese Connoisseurship)』としました。・・・サー・パーシヴァルはこのようにして、一流の中国美術鑑定家として認められたわけですが、一方では生まれながらのコレクターでした。もちまえの粘り強さ、優れた観察力、過去に対する想像力によって、作品の美的価値と制作場所、年代を的確に判断していきました。彼がチャンスを逃さず、すぐれたコレクションを作り上げることが出来たのはこのためでした。

ディヴッド・コレクションと官窯の芸術
出川哲朗
大阪市立東洋陶磁美術館許之衡による『飲流斎説瓷』(1912)の冒頭には「吾が国の華の芸術は製瓷をもって第一となす。何となれば、書画、織繍、竹木雕刻の屬は、全く人造の精巧による者、もって意匠の能事を極む可し。独り瓷に至っては、また人工によるといえども、火候の浅深、釉胎の粗細は、即ち兼ねて天時と地力に籍(か)る。」とある。陶磁の美は技巧をこえたところにあり、中国陶磁こそは世界の中で傑出した「・宝」であるとしている。この書は朱・の『陶説』(1774)や『景徳鎮陶録』(1815)、『陶雅』(1906)などの陶磁書を受けて著されたもので、20世紀初頭の中国陶磁の鑑賞の視点を知ることの出来る書物である。
20世紀になって、世界的に広がる中国陶器収集の大きな流れが生まれたのは、すぐれた中国陶磁が清朝の崩壊をきっかけとして美術市場に多数登場し、また、これらの中国の陶磁書にあるような作品を目の当たりにしたコレクターが欧米や日本に次々とあらわれたからである。

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会場風景
 
 訪れたのは、1月21日のお昼頃。観客の少なそうなタイミングを狙って訪れたのですが、会場は八分入り程度の盛況。
 客層としては、中高年の女性、男性がほとんど。絵画展などに比べれば、男性の姿を見かける割合が多たったのですが、これはデパートと東洋陶磁美術館との立地の差もあるかもしれません。
 雰囲気としては、総じて熱心に見入る観客が多く、雑談めいたものもそこかしこで聞かれはしましたが、あまり気にはなりませんでした。

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感想
 

ご感想などお寄せください。

いわやん(京都)
 今回の展覧会で一番強く感じたのは、蒐集家の好みということでした。
 帰宅してから図録を見ますと、主催者の「ごあいさつ」に、「作品の収集に当たって、サー・パーシヴァルは、西洋人の趣味ではなく、周到な文献研究によって得た中国の古典の知識や鑑定家の視点を尊重し、中国の趣味、なかでも18世紀の宮廷における趣味を反映させました。」とありますが、なるほど、そういうことだったのかと、抱いた戸惑い(感激の)に対する大きな手がかりを得た思いがしました。

 これまで日本で多少の陶磁器を見てきましたが、青花や色絵のものがこれほど美しいと思ったことは、ちょっと記憶にありません。それほどこのコレクションには特別の特徴があったわけですが、それは言い換えれば、日本にその種の陶磁器があまり来ていなかったからだということで、つまり、蒐集する視点によってね、一口に中国陶磁といっても、それほどの開きがでてくる。

 自分自身の経験をふりかえってみましても、幾つかの窯、美術館、博物館などを訪ね歩いてきましたが、そんな中で私に響いてきたものは、備前の窯変であったり、土味の素朴な伊賀であったり、釉の流れに味のある立杭であったり、上品でありながら華美ではない黄瀬戸であったりしたわけです。あるいは、高麗青磁、李朝の白磁、北宋のもろもろに惹き込まれたりしましたが、絵付けされたもので美しいと感じたのは、そう、柿右衛門の幾点かくらいでした。柿右衛門は例外として、陶器は、無地がいいなどと思い込んでいたわけです。

 ところが、今回のディヴィッド・コレクションの、白磁に装飾が施されたもの数点は、そんなこれまでの私の観念(偏見)を見事に吹き飛ばしてくれました。
 そこでは装飾が全然、余計ではないのです。否、装飾が装飾として美しく、同時にまた白磁の魅力も強く引き出していて、その協奏がほんとうにうっとりするくらい美しい。
 西洋の陶磁器のルーツの大きな一つに中国陶磁があるということ、西洋人によって競って買い求められた時代があったということは知識としては知っていましたが、今回はじめてそのときの西洋人の気持ちが実感されました。

 思えば、素朴な味わいの対極には、やはり別の極みがあって当然です。「皇帝の磁器」について、私は語るべき知識をまったく持ちあわせていませんが、それは間違いなく、その一つだと思います。ぜひ。

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