No.159 Last Up Date 2000,8,01

凝視される大地
小嶋悠司

京都市美術館

会期 2000,7,08-8,16
休館 月曜日
料金 一般 400 

 



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凝視される大地
小嶋悠司

 シリーズ<京都の美術 昨日・きょう・明日>は、この度28回目を迎えました。今回は、日本画の分野で活躍する小嶋悠司を、約50点の作品によってご紹介いたします。
 小嶋悠司(1944年、京都生まれ)、京都市立芸術大学日本画専攻科在学中、卓抜なデッサン力を示す裸婦群像図により、1967年に新制作協会の日本画部に初入選いたします。
 その後も同協会において新作家賞を重ねて受賞、
 1973年には29歳の若さで新会員に迎えられます。また同じ年には山種美術館賞受賞で優秀賞を受賞しています。
 翌年には、創画会の結成に参加し、今日まで創画会会員として出品を続ける一方、個展やグループ展にも毎年出品し、従来の日本画の枠組みを打ち破る斬新な試みを今なお提示し続けています。
<群像><穢土><地><凝視>などの主題を掲げ、小嶋は人間と大地という一貫したテーマをもとに制作を続けています。
 初期には人間群像を力強い量塊で捉えた作品で注目を集めましたが、次第に画面は暗く重い色調に支配されるようになり、その中で具象性を失った人間と大地が次第に溶解するような混沌とした画面が生まれてきます。根源的な力が画面の底からわき上がってくるようなそれらのイメージによって、小嶋は現代社会における人間存在を凝視し描出しているのです。
 イメージを支える画面構築には、早い時期から日本画の岩絵具に加えて西洋の技法であるデトランプを併用し、麻布に描くことによって、独自の粗く強靭なマチエールを生み出しています。しかし画面は決して圧塗りではなく、何層にも塗り重ねた絵具を削り取り、下層の色を表面に浮きだたせるようにして、独特の深みと透明感を生み出しています。
 本展は、新制作展や創画展に出品とした小嶋の初期の代表作と、1970年代末から現在まで続けられる<穢土>シリーズの大作、そして大作に描かれる雄渾な人間像とは対照的に、個々の人間の様々な<生>に焦点をあてた人物画の小品によって構成されます。」(同展チラシより)

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出品作品


ほか

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訪れたのは、8月1日の午後。
夏休みとあって、子供の姿が数名見かけられたが゛、観客の数は、私が館内にいた一時間あまりの間に、十数名といったところ。
層としては、学生らしきグループ、カップルが約半数、中高年の夫婦が一組、男性連れ、子供二人、孫を連れたお祖父さんなど。人気のある展覧会ではたいてい過半数を占める中高年の婦人層が皆無だったことが特筆される。
雰囲気的には、真剣に見入る若者が二名ばかりいたが、その他はたんたんと鑑賞していた。

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ご感想などお寄せください。

いわやん(2000,8,01)

 作品は一見、難解なようですが、そうではありません(たぶん)。暗い色調、複雑に入り組み混沌とした構成の絵ですので、はじめは深刻なもの、沈うつなものが描かれているのかと思いますが、よく見るとそうではないのですね。なんというのか、見ていて気分が重苦しくはならないのです。
 で、逆に、これはパロディかと疑ってみたりもしたわけですが、そうでもない。そういう茶化したり、斜めから視ているよなところはなくて、一途で、まっすぐなんです。
 風化とか闇を多用しているので、それに惑わされて、破壊とか、虚無感とか、そんなものを連想しがちなんですが、この廃墟とも原初ともつかない混沌は、この作家にとって、目指すゴールではないようなのです。
 混沌の地平を求めて絵を描いたというのではなくて、たとえていえば、混沌ははじめからあったことで、そこでどう生きるかというところで、この作家はそれを絵にしているのではないか・・・ そんな風に思えてきました。
 つまり、このままでは世界は破滅するという、そういう不安感で創作を行う世代ではなくて、もはや破滅は確定されたことで、そこでどう生きるかということをこの作家はテーマにしているのではないかと。
 ですから、廃墟とも原初ともつかない混沌は、むしろ、無邪気に描かれている。そこで生まれた者たちにとっては、それも遊び場になるというような。大人にとって、光が隠れ、かたちあるものが消滅することはやりきれないことですが、そこから歩みはじめる子供にとっては、少なくとも感傷はない。悲壮感もない。ただ、これからどうやるかという、好奇心と戸惑いがないまでになったような視線があるだけです。

 展覧会場には、ここにも誠実に生きてきた一人の人間がいるという、その足取りが示されていて、それにはまぎれもなく励まされましたが、
 しかし、芸術家が未来を予見するとすれば、やはり今の社会は破滅に向かっているのでしょうか。一度、すべてが混沌に戻らなければ、やりなおすことができないのでしょうか。
 絵は、混沌を描きながらも無邪気ですが、作家の問いかけは、リアルです。そして、そこに込められたメッセージが、どんな状況になっても、なげやりになったり、感傷的になったりしないで、何をするのかを考えることが大切なんじゃないのかと、そういうものであったとすれば、それもシビアです・・・

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展覧会のスケッチ

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